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神川の民話

矢納の地名のいわれ 矢納

 昔、東国が乱れ人々が大変苦しんでいるという事を心配された天皇は、吾が子「日本武尊」に「東国の乱れを治めよ。」と命じた。
 日本武尊は、早速軍備を整、大勢の家来を引き連れてこの山深い村に立ち寄った時の話です。
 この地についた日本武尊は周囲の山々を見わたし、一際高い山に登り頂上に立って周囲の山々や峯々を注意深く見わたしたのです。その時何故か武尊は「大きな、ため息」をつかれたそうです。
 周囲の山々の様子を眺められ秘策を練られた武尊は足元の「大岩」に背中につけていた矢を1本取り出し、力をこめてその大岩に矢をつき立てたのです。そして大きな声で、「私は、此処から見渡らせる緑の峯々をこの手中に治めたい。」と家来の前で力強く「宣言」をされたのだそうです。
 大岩に「矢」を突きたてたという事が後々まで語り伝えられた事から、この大岩を「矢立の岩」と呼ぶようになったのだそうです。
 武尊がこの地に入られるという知らせを受けた村人たちは、こぞって村の入り口近くまで出迎えたといい、この場所を「迎え平」と呼ぶようになり
 何時しかこの地が「迎え平」という地名になったといわれています。
 尚、柚木家に残る三枚の版木の一枚には、武尊が東征の際当地に立ち寄られた折り、弓の矢の根を御祠に収め「大山祗命」を祀られたということから、以来この地を「矢納村」と名付けられたと村名の由来が版木の一枚目に書き記されているという事です。

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