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神川の民話

碑の神様 元阿保

 元阿保の西部、旧国道の南側に、嘉永元年(1848)に建てられた、安保氏遺跡の碑があります。この碑文の中に、次のような一節があります。「建部人上は、伊賀阿保村の人也、阿保と賜姓さる驍勇武枝を善くす。延暦三年十一月、従五位下に叙せられ、武蔵之介に任ぜらる。すなわち、任に赴いて一城を築き、以って東方を鎮む。よりて、其の地を名付けて阿保と言う。其の郷を忘れざるを示す也。今城青三祠を創め、真光寺を建つ……以下略。」
 これは、西暦784年に、阿保人上なる人が命によりこの地に赴任したが、本国を忘れぬよう、この地を阿保とした、という意味です。
 現在、三重県名賀郡青山町には、阿保と書いて「アオ」と読む地名が残っています。
 また、この阿保人上なる人が建てた神社のひとつが、関口にある今城青坂稲実池上神社ではないかという説もありますが。
 このほか、碑文には、阿保人上の妄の墓が村の北にあり明和(1765年代)の頃、田を開こうとして墓を崩したところ、その人がたちまち死んでしまったので、村人達が八幡宮を祀ったというようなこともしるされています。

碑の神様

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