平成38年10月10日指定所在地 元阿保地内
天保1年(1830)元阿保村に生まれた広平は、松原玄谷の門下として学問をおさめ、江戸に出て軍学などを学びました。尊王攘夷論が盛んになると岩倉具視に従って幕府の情勢をさぐり、また徳川慶喜に恭順をすすめるなど国事に奔走した勤王の志士でした。明治23年(1890)に没しましたが、大正1年に従五位を贈られたのを機に、遺徳を慕う村民により、元阿保の大観堂墓地に墓石が建立されました。