大蔵塚

大蔵塚 元阿保

 元阿保から、旧国道を八日市の方向へ進み、家並が途切れて両側が梨畑になると頃、道路の西側に小さな塚があります。古い墓石の傍に小さな梅の木があるこの塚を、近所の人達は「大蔵塚」と呼んでいます。そして、この塚には次のような話が伝わっています。

 その昔、享保の頃(1716~1744)阿保地内の御料地(皇室や貴人の土地)の管理を、先祖代々続けてきた山田大蔵院という修験者がありました。

 あるとき、他藩の役人がやってきて、その御料地を縄入れ(測量)しようとしたので大蔵院は断固として拒否しましたが、それでも強引に縄入れを始めたので、縄を切ってしまいました。役人は、それではと金の縄を用いて縄入れを始めました。

 大蔵院は遂に怒り、金の縄をも切ってしまったところ、役人はあまりの形相に恐ろしくなって逃げ帰ってしまいました。

 しばらくして、召捕りの役人が来ることを知った大蔵院は、自分の所有地に穴を掘り鈴をひとつ持って、「この鈴の音が途絶えたら自分が死んだと思え」と言い残し穴に入りました。入口を塞ぎ、節を抜いた竹を外に出して息をしたということです。そして、しばらくの間、鈴の音は続いていたということです。

山田大蔵院の水墨画
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