神川町の概要

概況

私たちの神川町は埼玉県の北西部に位置しています。東経139度06分、北緯36度12分、標高89.6メートル、面積は47.40平方キロメートルで、南部は山、西部は川、北部は平野が広がっています。北は上里町、東は本庄市、南は秩父市、皆野町、西は神流川を挟んで群馬県藤岡市に接しています。神流川の形成した豊かな扇状地が広がり、有史以前から開けた豊饒の地と言えるでしょう。
明治になると、養蚕や製糸によって神川町は開花の時代を迎え、日本の近代蚕糸業に大きく貢献した木村九蔵など優れた養蚕改良家も輩出しました。近年は、首都圏85km内という恵まれた立地条件を生かして、生産性の高い土地利用型農業や集約農業が進められています。また、工業においては、関越自動車道に接する立地条件の良さもあり、工業団地への企業誘致や地元企業の育成など順調な発展をみせています。

町の歴史

神川町の西、群馬県境を神流川が流れ、この神流川が形成する扇状地に、私たちの町の多くが広がっています。この豊かな大地は、有史以前から人々の暮らしのステージでした。例えば、南塚原遺跡からは1万5000年前から2万年前と推定される石器が出土し、県内でも大規模な群集墳として知られる青柳古墳群には、270基をこえる古墳の所在が確認されています。また、太平記にも登場する武蔵七党のひとつ丹党安保氏の拠点でもあり、幾多の武蔵武士を輩出した場所でもあります。
そして近代、群馬県と隣接する神川町が、埼玉県の管轄下となったのは明治9年のことでした。昭和29年には丹荘村と青柳村が合併して神川村が誕生しました。昭和32年に渡瀬村を編入し昭和62年に、埼玉県で41番目の町として町制が施行されました。そして、平成18年1月1日に神泉村と合併し、新「神川町」が誕生しました。現在では、この豊かな歴史文化と美しい自然とをかけがえのない財産として、「生涯学習を基本とした、ふれあいと思いやりのある町づくり」が進められています。

花鳥木

町の町章・花・木・鳥

町章

町の花
コスモス

町の木
冬桜

町の鳥
うぐいす